202508.21
ニュース解説

じわりと方針転換:米国のミャンマー政策

 米国のミャンマー政策には、ここにきて微妙ながらも無視できない変化が表れている。経済制裁と民主化支援を基本姿勢として維持しつつ、制裁対象の見直しや資源外交の模索、さらにはUSAID再編に伴う人道支援の調整といった具体的な政策修正が進んでいる。こうした動きは一見すると部分的で限定的に見えるが、積み重なることで全体像としての政策方向性に変化を与えつつある。ミャンマー側はこれを「孤立からの出口」と積極的に解釈し、国営紙やロビー活動を通じて国内外に広くアピールしている。

 2021年2月の政変以降、米国の基本姿勢は「制裁・人権・民主化回復」を旗印にしてきた。国営石油ガス企業(MOGE)への制裁、高位関係者や関連企業への資産凍結、ビザ制限などは、2003年のビルマ自由民主法(BFDA)や2022年成立のビルマ法(BURMA Act)によって裏付けられている。これらの法的枠組みは米国の対ミャンマー政策に強い制約を与え続けており、現体制を承認するような大きな方針転換を阻んでいる。したがって、今見られる変化は制度そのものを揺るがすものではなく、あくまで運用面での調整にとどまっているといえる。

制裁の揺らぎと資源外交

 この夏以降に見られた動きは、運用面での柔軟化を印象づけるものであった。7月24日、米財務省は制裁対象とされていた一部の企業や人物をリストから外し、国際社会に驚きを与えた。人権団体からは「誤ったメッセージを送る」との批判が相次いだが、米国政府は制裁の柔軟運用に踏み込む姿勢を示した。こうした調整は、国際政治における現実主義的なアプローチを反映していると見る向きが強い。さらに、ロイターは7月28日付で「米政権チームがミャンマーのレアアース資源へのアクセスを検討」と報じた。背景には、重希土類を中国以外から確保するという戦略的課題がある。

 この過程で、カチン独立機構(KIO)との接触やインドとの協力案が取り沙汰されており、米国が制裁維持と資源確保という二律背反をどう調整するのかが注目されている。一方で制裁強化も並行して続いている。5月5日、米財務省はカレン民族軍(KNA)とその指導者ソー・チッ・トゥー、さらに2人の息子を制裁対象に指定した。サイバー詐欺や人身取引、越境密輸への関与が理由で、KNAは「越境犯罪組織」と認定された。資産凍結や米国市民との取引禁止措置が科されたが、KNA側は「地域開発を目的とする組織であり犯罪には関与していない」と反論している。このように、制裁解除と新規制裁の両方が進むという複層的な姿勢が現在の米国政策の特徴である。

国内向け宣伝と米議会の制約

 こうした米国側の微調整を最も敏感に捉えたのはミャンマー当局だった。情報省は7月末、米大手ロビー会社DCIグループと年間300万ドル規模の契約を結び、ワシントンでの発言力を強める動きを見せている。国営紙グローバルニューライトオブミャンマー(GNLM)はこれを積極的に報じ、米国との関係改善の兆しとして大きく扱った。特に、トランプ大統領がミャンマー向け関税の一部緩和を示唆する書簡を送った件を取り上げ、ミン・アウン・フライン総司令官が「感謝し、交渉団を派遣する用意がある」と応じた事実を、あたかも米国からの招待状であるかのように宣伝した。

 さらにGNLMは制裁解除を「米国がミャンマーの努力を理解し始めた証拠」と強調し、外交的成果として演出している。また、レアアースをめぐる協議についても「新たな協力の可能性」と伝え、国際的孤立からの脱却の兆候として前向きに描写した。

 一方で、米国議会では依然としてビルマ法が政策基盤として機能している。この法律の存在は、現体制との全面的な関係改善を制約する要因であり、さらにBRAVE Burma ActやBurma GAP Actといった追加法案も議論されている。

総選挙への対応が焦点に

 今後の展開にはいくつかの焦点がある。第一に、12月28日から段階的に実施される総選挙への米国の評価である。公正性や治安状況が厳しく問われる中で、米国がどのような評価を下すかは、追加制裁や国際社会の対応に直結する。第二に、資源外交の行方である。米国が中国依存を減らすためにミャンマーをどのように位置づけるかが大きな関心事となっている。第三に、人道支援のあり方である。USAIDの再編により予算規模が縮小する中で、米国がどのように現場での存在感を維持するのかが課題となる。第四に、米議会における立法作業である。これらが成立すれば、民主派への支援、制裁強化が制度的にさらに強化されることになる。

 米国のミャンマー政策は依然として大幅な転換を示してはいないが、制裁対象の見直し、資源協力の模索、人道支援手法の変更といった小さな修正が積み重なり、全体としては緩やかな変化を遂げつつある。ミャンマー側はこれを外交的突破口とみなし、GNLMを通じて自らの立場を正当化する材料としている。年末の総選挙、資源をめぐる国際交渉、そして米議会での立法に向けた動きが、今後の方向性を決定づける要因となるだろう。