MYANMAR FOCUS
ミャンマー中央銀行、不正送金対策でデジタル決済監視を強化
利便性と安全性の均衡を探る試み
ミャンマー中央銀行(CBM)は、急速に普及するモバイル決済やデジタル金融サービスを巡る不正送金リスクを抑えるため、監視体制と規制の強化に踏み出した。9月13日にヤンゴンで開かれた会合で、タンタンスエ総裁は銀行やモバイル金融サービス事業者、決済清算業者に対し「不審取引の監視と報告を徹底するように」と指示したと、国営紙グローバル・ニュー・ライト・オブ・ミャンマー(9月14日付)が報じた。


中央銀行が特に警戒するのは、代理店が本人確認を怠って開設した口座や、偽の加盟店を経由した送金スキームである。Eleven Media(同日付)によれば、口座連動型モバイル決済を含めた本人確認(KYC)の徹底を義務づけるとともに、高額取引はモバイルウォレットではなく銀行チャネル(CBM-NETやACHなど)を利用するよう指導が行われた。これにより匿名性の高い資金移動を抑止する狙いがある。
都市部では統一規格のQRコード決済「MMQR」や「MyanmarPay」が導入され、利便性は格段に向上した。しかし、SNSを悪用したフィッシングやワンタイムパスワードの窃取による不正送金が頻発しており、利用者が自ら送金してしまう事例が増えている。最近ではKBZPayをめぐる不正引き出しが報じられ、銀行と中央銀行が調査に乗り出す事態となった。
代表的なデジタル金融サービス
項目 | KBZPay | WavePay |
---|---|---|
ユーザー数 | 1,900万人(成人の43%) | 1,150万人 |
加盟店・代理店 | 35〜40万 | 約5万9千 |
手数料体系 | 公開は限定的、契約依存 加盟店MDR(決済手数料)は低め傾向 | 公式料金表を公開 引き出し・送金コストが明確 |
国際送金 | JadePayと提携 受け取り手数料ゼロを強調 | DeeMoney・MoneyGramと提携 利便性を強化 |
強み | 規模と加盟店網の厚み 銀行系の信頼感 | 料金の透明性と地方網 金融包摂したサービスに強み |
課題 | 手数料が不透明 UI/UX(使いやすさ)の改善要求も | 収益モデル再構築中 規制対応コスト |
KBZPayは国内最大規模のユーザー基盤(1,900万超)と圧倒的な加盟店網を背景に、 銀行系ウォレットから生活インフラへと進化している。国際送金でも提携を進め、 利便性を高めているが、手数料の透明性には課題が残る。
WavePayは1,150万ユーザーと全国代理店網で金融包摂をリードし、公式料金表の公開など透明性の高さが強み。国際送金でも積極的に提携し利便性を拡大中だが、収益モデルの最適化が求められている。
両者の競争軸は今後、UI/UX、実効手数料、信頼性へと移行していく。
不正送金の問題は個人の詐欺被害にとどまらない。当局は、匿名口座や偽装送金の一部が反政府勢力や武装集団の資金源となる可能性を警告しており、国境地帯では詐欺センターと呼ばれる拠点が活動資金の流れを支えているとみられる。バンコクポストは、タイ国境に近い地域で数万人規模の外国人がこうした施設に従事していると報じている。米財務省は、詐欺ネットワークと結びついた武装勢力指導者を制裁対象に指定しており、資金移動と治安の不安定化が密接に結びついている構図が浮かび上がる。
CBMは金融制度全体の健全性確保に向け、2026年度からリスク比率に基づいた信用リスク評価を導入する計画も打ち出した。経済成長をけん引する分野を優先しつつ、不透明な資金に依存しない融資制度を整える方針である。
ただし実務上の課題は多い。地方の代理店は通信環境や人材が不足しており、KYCや取引監視を徹底する能力に限界がある。詐欺SMSやSNS経由の誘導による被害も絶えず、規制と実効性の間には隔たりが残る。さらに、武装勢力が影響を持つ地域に存在する詐欺拠点は、金融当局の監視が及びにくく、資金の流れを遮断することは容易ではない。
デジタル決済の拡大は金融アクセスや経済効率化に恩恵をもたらす一方、不正送金や資金流用のリスクを拡大させ、武装勢力や詐欺組織の資金源となることで治安や統治を揺るがす要因ともなっている。CBMが示した監視・規制の強化は、金融制度の健全化だけでなく国家の安定にも直結する課題である。
課題解決には国内制度の徹底だけでは不十分で、国境を越えた資金の流れを管理するための地域協力や国際的な監視枠組みが不可欠とされる。東南アジア域内では詐欺センターや資金洗浄ネットワークが複雑に連なっており、各国が足並みを揃えなければ抑止は難しい。ミャンマーの取り組みがどこまで実効性を持つかは、国内の監視能力と同時に、周辺国との連携をどれだけ強化できるかにかかっている。