202510.29
【提言】 New !

日米首脳会談が映す資源戦略の転換点

日米首脳会談が映す資源戦略の転換点

総選挙を前に問われる現実主義

 東京・元赤坂の迎賓館で10月28日に行われた日米首脳会談で、ドナルド・トランプ米大統領と高市早苗首相は、レアアース(希土類)を含む重要鉱物の安定供給を目的とする新たな協力枠組みに署名した。この合意は、両国が単なる資源確保を超え、経済安全保障と制度設計の主導権を握ることを狙った戦略的な一歩である。

供給網再設計と制度構築

 ホワイトハウスの発表によると、日米両国は採掘から精錬・加工・流通に至る全工程での連携を強化し、「多様化された、公正で流動性のある市場」を構築することを目指している。6か月以内に共同投資プロジェクトを選定し、許認可手続きの簡素化、備蓄(ストックパイル)制度、迅速対応メカニズムの導入も検討されている。米輸出入銀行(EXIM)は最大22億ドル規模の融資を準備し、豪州など第三国も含めた多国間協力枠組みの形成を進める。

 背景には、中国が世界のレアアース精製能力の約90%を支配し、価格・供給・技術面での優位を保つ現状がある。欧米の調査機関によれば、中国南部・江西省での精錬工場の多くがミャンマー北部から搬入された原鉱石に依存しており、中国が採掘段階を他国に依存する「精錬独占構造」を形成していることが確認されている。

ASEANも覚書締結

 米国は、アジア歴訪の一環として、マレーシア、タイ、カンボジア、ベトナムなど複数のASEAN加盟国と、重要鉱物およびレアアースの供給網強化に関する覚書を締結した。これらの国々は、米国主導の供給多様化構想に賛同し、ニッケル、コバルト、レアアースなどの鉱物資源分野での協力を表明している。

 この米ASEAN協力枠組みは、日米合意と並行して進められ、アジア全域での資源供給多極化を目指す。ASEAN諸国は、既存の製造拠点と港湾インフラを活用し、採掘から加工・輸出までを域内で完結させる「地域内供給チェーン」構築を視野に入れている。マレーシアとタイでは、電子・EV関連部品の原料確保に向けた共同研究や精錬施設の建設計画も具体化している。

引用:The ASEAN Secretariat

対中依存がもたらす市場の不安定

 ミャンマー北部カチン州モモーク地区では、ジスプロシウム(Dy)やテルビウム(Tb)などの重希土類を含む鉱床が豊富に分布している。2024年の国際報告では、同地域に少なくとも370か所の採掘サイトが確認され、そのうち60%以上が2021年以降に新設された。鉱石は中国雲南省・江西省へと越境搬送され、精製後にグローバル市場へ再輸出される構造となっている。2017年から2024年までにミャンマーから中国へ搬出された鉱石総量は約29万トン、取引総額は42億ドルを超えるとされる。

 25年2月、ミャンマー北部の治安悪化と違法採掘の停止により、中国への鉱石搬出量は前年同期比で約89%減少した。その結果、テルビウムやジスプロシウムの国際価格は1か月で約60%上昇し、電子部品やモーター磁石のコスト上昇を招いた。ミャンマーからの供給途絶が、世界のハイテク・防衛産業の生産計画に直接的な影響を与える構造が浮き彫りになった。同時に、中国政府は4月に特定希土類7種の輸出規制を発動し、供給を政治的手段として活用する姿勢を示している。

北部鉱物回廊──ASEAN連結の新たな資源軸

「北部鉱物回廊(Northern Mineral Corridor)」とは、ミャンマー北部からラオス、タイ東北部を結ぶ広域経済圏構想であり、ミャンマーの鉱物資源を中国経由ではなくASEAN内で精錬・加工・流通させることを目的とする。この構想は東西経済回廊や南部経済回廊と並ぶ第三の鉱物輸送ルートとして注目されている。

 ミャンマー北部(カチン州・シャン州)ではレアアース、錫、タングステンの採掘が進行しており、ラオス北部では水力発電と鉄道物流を活かした精錬支援拠点の形成が期待される。さらにタイ東北部のウドンタニやコンケンにはEVバッテリー・モーター部品産業が集積しており、域内加工によって付加価値を高める可能性がある。

 このルートは南北鉄道連結構想(China–Laos–Thailand Railway)と接続可能であり、ミャンマーの鉱石を中国以外の市場に輸出する代替ルートとしても注目される。また、日本の開発金融機関(JICA・JBIC)による投資対象としても戦略的意義が高い。

高市政権に求められる現実的関与

 米国の対ミャンマー制裁は依然として継続しており、国営企業や軍政関連企業との取引は禁止されている。ただし、民生・教育・環境分野では例外が認められており、日本が制裁に抵触せず関与できる余地は残されている。こうした中で、高市政権が取るべきは 「責任ある限定的関与」であろう。透明性・環境基準・人権保護を条件に、鉱山監査・物流トレーサビリティ・地域技術支援を通じて制度設計を主導することが現実的なアプローチとなる。

 ミャンマーでは2025年12月28日から段階的に総選挙が実施される予定であり、選挙後の政権が国際社会との再接続を模索する可能性もある。資源協力を通じた関与は、日本が「脱・中国依存」を進めるうえで外交的な意味を持つ。

 日米合意と米ASEAN協力を軸とする多国間体制が立ち上がりつつある今、アジアの資源秩序は再構築の局面を迎えている。ミャンマーの鉱物を「対立の資源」から「共存の資源」へと転換するためには、日本がASEANを含む地域協力の中核として現実的な資源外交を展開することが不可欠だ。高市政権に求められるのは、理念ではなく制度設計と継続的関与による実効性である。