202509.22
情勢レポート

緑の未来の代償

ミャンマー・レアアース採掘がもたらす環境破壊と人権侵害

希土類鉱物採掘の傷跡が残るカチン州の山々(グローバル・ウィットネス)
希土類鉱物採掘の傷跡が残るカチン州の山々(グローバル・ウィットネス)

 電気自動車や風力発電など、世界が目指す脱炭素社会に不可欠な「レアアース」。その供給の一角を担うミャンマー北部の鉱山では、環境破壊と人権侵害が深刻化している。国際NGOグローバル・ウィットネスは2024年に発表した報告書「Fuelling the future, poisoning the present(未来を燃料に、現在を毒する)」で、その実態を明らかにした。この報告と複数の国際報道をつなぎ合わせると、ミャンマーのレアアースは単なる資源問題を超え、紛争・健康・国際政治を巻き込む構造的な危機であることが見えてくる。

急増する輸出と中国依存

 グローバル・ウィットネスの調査によれば、中国がミャンマーから輸入した重希土類酸化物は2021年の約1万9,500トンから2023年には4万1,700トンへと倍増した。世界のレアアース精製をほぼ独占する中国が、ミャンマー北部からの供給を取り込み、電気自動車や風力タービン向けの磁石製造に利用している。

 結果として、世界市場に出回るレアアース製品の多くが、知らず知らずのうちにミャンマーに依存する形となっている。中国国内では「中国産」とされる製品の背後に、国境を越えて持ち込まれたミャンマー産鉱物が潜んでいるのだ。

原位置浸出法の弊害

 採掘現場では「原位置浸出法」が広く採用されている。これは地下の鉱床に薬液を直接注入し、鉱物を地中で溶かし出して汲み上げる方法である。大量の露天掘りを行わずに済むため一見「環境に優しい」手法に見えるが、実際には硫酸アンモニウムやシュウ酸といった化学薬品を大量に使うため、管理が徹底されなければ甚大な汚染を招く。

 これらの薬品は主に中国国内の工場で製造され、雲南省との国境を越えてミャンマーに搬入される。トラック輸送で肥料や工業薬品として申告され、国境市場や倉庫に山積みされた袋が採掘業者の手に渡る。雨季には薬液が土嚢やタンクから溢れ、川や農地に流出する。衛星データによる森林減少や水質分析も、現地住民の証言と符合している。

 「水が濁り、子どもが病気になる」。報告書にはこうした住民の声が繰り返し記録されている。河川は酸性化し、魚は死に絶え、農業は壊滅的打撃を受けた。飲み水の汚染は健康被害を直撃し、皮膚病や呼吸器障害、腎臓疾患が相次ぐ。死亡例も報告されているが、医療へのアクセスが限られるため詳細は不明のままだ。

 証言は匿名や仮名で記録されることが多いが、複数の調査機関や報道機関が同様の内容を確認している。Warwick大学とカチン研究センターによる共同調査も、住民や労働者から同様の証言を得ており、衛星画像や環境測定と整合する結果を示している。

武装勢力の資金源に

 環境汚染だけではない。採掘収益は武装勢力や軍系民兵の資金源となっている。カチン独立機構(KIO)の支配地域では採掘が続き、収益は紛争の長期化に寄与している。土地収奪や強制移住が繰り返され、地域住民は意志を反映できない。子どもたちは学校を辞めて鉱山で働き、女性は搾取の対象となる。薬物依存も拡大し、共同体は分断と荒廃に直面している。

 アルジャジーラの報道は、反政府勢力が支配する地域での採掘拡大を衛星画像で確認し、住民が水系汚染と森林破壊に苦しんでいる実態を伝えている。さらにロイターは、中国の輸出規制を受けたインドがミャンマーの反政府勢力と接触し、レアアースの供給を模索していると報じた。資源をめぐる地政学的な駆け引きは、現地の不安定化を加速させかねない。

 グローバル・ウィットネスは、輸入国が「人権侵害や環境破壊に関与していない」ことを証明する仕組みを導入するべきだと強調する。企業はサプライチェーンの透明化と監査を徹底し、深刻なリスクが確認された場合には取引を停止する責任を負う。現地では土地回復や補償を進め、住民が自由で事前の十分な情報を得て意思決定に参加できる仕組みを確立しなければならない。

苦しむのは住民ばかり

 これは単なる環境保護ではなく、紛争解決と平和構築の課題でもある。採掘による資金の流れを断ち切ることは、地域の安定化の第一歩となる。衛星画像が示す森林破壊の加速、そして住民証言が語る生活の崩壊は、行動の遅れが取り返しのつかない結果を招くことを警告している。 

 レアアースは「未来を救う鉱物」として期待される一方で、ミャンマーでは人々の生活と自然を奪う“毒”となっている。グローバル・ウィットネスの報告書は、象徴的な言葉で締めくくられている。「未来を燃料にすることが、現在を毒することになってはならない」。

 気候変動対策と人権・環境保護を両立させることは難しい。しかし、それを両立させなければ「持続可能な未来」は空虚な言葉となる。ミャンマーの鉱山から響く声は、世界全体への警鐘にほかならない。