202506.16
ニュース解説

総選挙を半年後に控えたミャンマー

──揺れる政治と国際社会の視線の中で制度内民主主義の芽は育つか

 ミャンマーでは2025年12月から26年1月にかけて、国家統治評議会(SAC)主導のもとで総選挙の実施が予定されている。軍による政権掌握から4年が経過し、今回の選挙は、混乱を収束させる「制度的出口」として注目されている。現在、政党登録の整備、選挙制度の見直し、電子投票機の導入など、制度と技術の両面で準備が本格化している(Global New Light of Myanmar, 2025年3月報道)。
 とくに注目されるのは、小選挙区制(FPTP)に加え、新たに比例代表制(PR)が導入される点だ。これにより、モン統一党(MUP)やFederal Union Party(FUP)など地域密着型の少数民族政党にとっても、議席獲得の機会が広がると期待されている。また、「MEVM(Myanmar Electronic Voting Machine)」と呼ばれる国産電子投票機が複数地域で試験的に導入され、本選挙でも活用される予定だ(Eleven Myanmar, 2025年4月)。

 政党登録も進んでおり、人民党(People’s Party)をはじめとする53の政党が正式に承認された。人民党を率いるのは、民主化運動の象徴的存在であるコー・コージー氏。同氏は「制度の中で戦うことこそが民主主義再生の現実的な道」と述べ、制度内からの変革を目指す姿勢を示している(The Irrawaddy, 2025年5月)。

 これを背景に、人民党は「制度内民主主義」の可能性を掲げ、一定の市民支持を獲得している。
 その一方で、旧与党・国民民主連盟(NLD)やシャン民族民主連盟(SNLD)などの主要政党は、党員数や支部数などの厳しい登録要件を満たせず、再登録が認められていない。この状況に対して、アメリカやイギリスをはじめとする欧米諸国は、「主要勢力の排除は自由で公正な選挙の原則に反する」と強く批判している(U.S. Department of State, 2025年5月3日/UK Foreign Office, 2025年5月2日)。

 しかし、選挙の実施を「民主化への一歩」と評価する声も国内外に存在する。米ワシントンのシンクタンク「Stimson Center」は2024年10月、タイ・チェンマイでミャンマー選挙の将来をテーマとするワークショップを開催。東南アジアの有識者や国際機関の関係者らが参加した場で、「SAC主導の選挙は不完全ながらも政治空間の回復をもたらす可能性がある」とする意見が示された(Stimson Center Workshop Summary, Oct 2024)。

 同センターの東アジアディレクター、ユン・サン氏は「投票という制度的な枠組みが復活することで、市民が自らの意思を示すチャンネルが再構築される」と述べ、今回の選挙を「制度政治への再接続の契機」と評価した(Stimson Center, 2024年10月29日付発言録)。さらに、少数民族政党の一部や中道政党もこの制度に乗る形で議会への足がかりを模索している。
 地域外交の現場でも、選挙の「段階的意義」を認める動きが出ている。マレーシアのアンワル・イブラヒム首相は、「すべての勢力が参加可能なプロセスこそが和平への唯一の道」と述べ、SACおよび民主派勢力(NUG)との対話の必要性を訴えている(Reuters, 2025年5月22日)。ASEANとしても特別会合を繰り返し開催し、即時停戦と包括的政治対話を総選挙の前提とする声明を採択している(Reuters, 2025年5月24日)。

 一方、国連人権理事会では「暴力が続く限り、選挙は国家破壊の道につながりかねない」と警鐘を鳴らしており(UN Human Rights Council, 2025年6月10日)、包括的停戦と信頼構築を第一に求める姿勢を崩していない。ただし、国連内部でも、「選挙は完璧でなくとも、制度復帰の一歩になる可能性がある」との現実的な見方も根強い(UN Briefing Note, 2025年6月15日)。

 制度の整備が進みつつある今、選挙の実施を実効的かつ意味あるものとするためには、各地で続く武力衝突の収束が急務である。制度による対話と参加が政治の主舞台に戻るためには、その前提としての早期停戦が求められている。

 今回の選挙は、民主主義の回復か現体制の正当化か、二項対立の中で議論されがちだ。しかし現実には、そのどちらにもなり得る複雑なプロセスであり、何よりも注視すべきは「制度を使って何を実現し得るのか」という問いである。半年後に迫る投票日を前に、ミャンマーの将来に向けた本質的な議論が、ようやく制度の舞台に戻り始めたのかもしれない。