ミャンマー総合研究所
ミャンマーと米国の資源外交の行方
CSIS論文とトランプ政権の現実主義
米戦略国際問題研究所(CSIS)は8月1日、上級研究員グレゴリー・B・ポーリング(Gregory B. Poling)氏の論文「ミャンマーのレアアースの危険な誘惑(The Dangerous Allure of Myanmar’s Rare Earths)を公表した。米財務省が7月末に一部制裁を解除した直後であり、米国が資源確保を目的に統治当局へ歩み寄る可能性に懸念を示す内容であった。論文は「軍事政権への接近は誤った賭け」と指摘し、抵抗勢力との連携を強めるべきだと提起した。ワシントンで長らく低調だったミャンマー論議に再び注目を集めるきっかけとなった。
論文は三点を強調した。第一に北部カチン州の採掘地の多くをカチン独立機構(KIO)が実効支配し、ミャンマー政府は輸送路を十分に掌握していないこと。第二に現在の政府の統治範囲は限定的で、長期的優位は見込みにくいこと。第三に対中依存の強い現在の軍政から米国が安定供給を得ることは難しいという点である。こうした見解は、冷戦期に設立され国際協調を重視してきたCSISの立場を色濃く反映している。
もっとも、このCSISの提言が政権に直接影響を与える局面は減っている。かつては超党派シンクタンクとして政権内外で大きな存在感を誇ったが、トランプ政権下では「理想主義的」とみなされ、影響力は明らかに後退した。現在の政策決定においては、CSISの論は議論の素材にはなっても、実際の戦略を左右する力は持ち得ていない。日本では小泉進次郎衆議院議員が若手時代に客員研究員を務めたことで名が知られているが、本国アメリカでの存在感は翳りを見せている。

引用: Global Witness
この本気度は制裁政策にも表れている。7月24日、財務省はミャンマー国軍に近いもしくは関連企業とされるKT Services & Logistics(ケーティー・サービス・アンド・ロジスティクス)やMCM Group(エムシーエム・グループ)を制裁リストから外した一方、サイバー詐欺や人身取引に関与する武装ネットワークには新たな制裁を科した。資源確保を妨げずに犯罪行為を抑制する「選別制裁」は、一見すると二重基準だが、実利を阻害しない範囲で制裁を適用するという明確な計算に基づいている。
インドはといえば、米国以上に現実主義を鮮明にしている。8月末には国営IREL(アイアールイーエル)やMidwest Advanced Materials(ミッドウエスト・アドバンスト・マテリアルズ)にKIO支配地域でのサンプル採取を指示し、自動車大手Mahindra(マヒンドラ)や部品メーカーUno Minda(ウノ・ミンダ)は希土類磁石の製造を検討している。インドの希土類需要は世界全体の10%前後を占め、国内供給力は不足している。統治当局と抵抗勢力の双方に接点を持ちながら、供給源多角化を急ぐ姿勢は安定と実利を優先するインドらしい戦略である。
背景にはミャンマーの採掘が急拡大していることもある。2020年に約130か所だった採掘サイトは2024年末には370を超えた。中国の税関業務を統括する中国海関総署(General Administration of Customs of China)によれば、2023年のミャンマーから中国へのレアアース輸入は約2万トンに達し、中国輸入全体の30%を占めたが、2025年2月には前年同月比で89%減に落ち込んだ。世界市場に占めるミャンマーの比率は5%前後と小さいものの、中国の精製業に直結するため価格や調達計画への影響は大きい。米国がミャンマーに視線を投げるのは、こうした地政学的要因からすれば自然である。

引用: Global Witness
米国は代替供給源の確保を急いでいる。グリーンランドのTanbreez(タンブリーズ)鉱山はルイジアナ州の政府支援施設に年間最大1万トンの重希土類を10年間供給する契約を結んだ。2026年には高純度酸化物を年間2000トン、2028年には7500トンに拡大する計画だ。世界のレアアース供給の約70%、精製の90%超を中国が握る現状を踏まえ、米国は多角化による供給網再編を最優先課題としている。
欧州連合(EU)は多少異なる。2024年に採択した重要原材料法(CRMA)で、2030年までに域内需要の10%を採掘、40%を加工、25%をリサイクルで賄うと定めた。EUのレアアース需要は世界全体の約15%を占めるが、中国依存率は98%に達する。もっとも、環境基準や人権規範を重視し、ミャンマー産の調達は回避する傾向が強い。規範と自給力の双方を高めることで、中国依存を緩和する方向だ。
その中国は、引き続き国境貿易を通じて影響力を維持している。カチン州やシャン州での採掘品は雲南省へ流入し、国内精製施設に取り込まれている。世界市場における中国の採掘シェアは約60%、精製シェアは90%以上に達し、ミャンマー産はその「外部調整弁」として戦略的に利用されている。供給の変動は価格操作や外交カードとして活用され、中国がサプライチェーンを握り続ける構図を強化している。
価格はこうした動きを反映する。代表的な酸化ネオジム(Nd₂O₃)は2021年に1トンあたり約6万ドルまで上昇した後、中国の輸出規制とミャンマー供給の不安定化を受け、2024年には8万ドルを超える局面もあった。酸化ジスプロシウム(Dy₂O₃)も同様に2020年代初頭から3割以上上昇している。供給網の揺らぎが直接価格に跳ね返る構造は今も続いており、各国の政策判断を縛る要因となっている。
日本の動きは鈍い。経済産業省(METI)は豪州やベトナムなどとの協力を拡大し、国内では戦略備蓄の積み増しを進めている。日本のレアアース輸入は依然として約60%を中国に依存しており、代替調達先の確保は安全保障上の課題である。ミャンマーについては直接調達よりも地域安定を重視し、ASEAN諸国との技術協力や人材育成を通じた関与を模索している。
結局のところ、CSISの論文は抵抗勢力を過大評価する一方で統治当局の影響力を軽視し、現実を描ききれていない。影響力を失いつつあるシンクタンクの声として響くだけであり、政権を左右するものではない。トランプ政権は一貫して「対中依存を減らす取引外交」を基調とし、防衛産業や経済安全保障の核心課題として資源外交に本気で取り組んでいる。インドは供給源多角化で実利を追求し、EUは規範と多角化を組み合わせ、中国は国境取引を通じて供給を掌握している。日本はその狭間で静かに動いているが、依存度の高さを考えれば「静かな経済外交」だけでは不十分であり、より明確な戦略が問われている。
(ミャンマー総合研究所 宮野弘之 )