202505.10
ニュース解説

バングラデシュの対ミャンマー政策の危うさ── アラカン支援、二重外交、地域秩序の綱渡り

 2025年春、バングラデシュの軍事情報機関DGFI(Directorate General of Forces Intelligence)の長官ジャハンギル・アラム少将がワシントンD.C.を訪れ、米中央情報局(CIA)幹部に対し、ミャンマー・ラカイン州における軍事作戦に関する計画を報告したと報じられた(出典:Northeast News India, 2025年4月20日付)。これは単なる情報提供ではなく、バングラデシュ政府と米国の間で、ミャンマー軍政(SAC)と敵対する民族武装勢力・アラカン軍(AA)との連携を進める深い意図があるとみられている。

 この動きの背景には、ロヒンギャ難民問題の膠着、中国の地域支配強化、そして国内外の治安懸念が複雑に絡み合っている。一方で、バングラデシュ国内からも、そして隣国インドからもその外交・安全保障政策に対する疑問と警戒が強まっている。

 現在、バングラデシュは自国内に約100万人のロヒンギャ難民を抱えており、その多くが2017年のミャンマー軍の掃討作戦で流入した。だが、ミャンマー軍政との帰還交渉は数年間にわたり停滞しており、バングラデシュ政府は交渉相手を「現地の実力者」であるアラカン軍へとシフトさせつつある。

 AAは、ミャンマー西部ラカイン州でミャンマー軍と激しい戦闘を繰り返しつつ、複数の拠点を掌握し、自治的な支配を実現しつつある(出典:Wikipedia “Rakhine Offensive (2023–present)”, 2025年4月)。また、バングラデシュとの国境地帯に兵站・補給基地を設ける構想が水面下で進められている(出典:South Asia Journal, 2025年4月22日付)。

 このような対AA政策に対しては、バングラデシュ国内からも疑念と不安の声が上がっている。一部の政治関係者や軍関係者からは、「非国家武装勢力との提携は国際的な孤立を招く」との指摘がある。また、過去にバングラ国内で活動したロヒンギャ武装組織ARSAの幹部が逮捕された事例もあり(出典:AP News, 2024年11月)、武装勢力との関係強化には国内治安上のリスクがつきまとう。

 さらに、隣国インドはバングラデシュの動きに強い警戒感を抱いている。AAはインド北東部ミゾラム州に住むチン系民族と文化的・政治的に関係がある。したがって、AAの台頭はインド国内の民族問題に波及する恐れがある。また、インドが主導する地域安全保障の均衡が、バングラデシュによる米国との連携で崩れる可能性も指摘されている(出典:The Daily Star, 2025年4月18日付)。

以下は、現在のバングラデシュ外交の構図である。

関係対象利益·目標リスク
ミャンマー軍政(SAC)難民帰還の実現信頼喪失、交渉不能
アラカン軍(AA)国境安定、難民帰還の交渉力強化長期的支配不能、武装勢力依存
米国中国牽制、安全保障支援地域摩擦、対インド関係悪化

 バングラデシュが試みている新しい地域戦略は、ロヒンギャ問題に対する主導権を握る上では一定の効果を発揮しつつあるように見える。だがその実態は、非国家勢力との提携、米中間の地政学的な板挟み、そして国内不安定化という複数のリスクを同時に抱える、極めて危ういバランスの上に成り立っている。

 真に持続可能な解決策を目指すならば、武装勢力との連携ではなく、国際法と外交手段による透明で包括的なアプローチが求められる。いまこそバングラデシュは、力による安定化ではなく、信頼と合意による安定構築へと舵を切るべき時ではないか。