多次元貧困1790万人、脆弱層1950万人
UNDPが報告書「Layers of Deprivation」を発行 貧困の深い地域と人が多い地域は別
国連開発計画(UNDP)は2026年10月8日、ミャンマーの貧困の実態をまとめた報告書「Layers of Deprivation: Multidimensional Poverty in Myanmar」を発行した。報告書によると、人口のおよそ3人に1人、約1790万人が「多次元貧困」の状態にある。さらに約1950万人が、貧困の一歩手前にある「脆弱層」とされた。両方を合わせると約3750万人で、人口の3分の2を超える。
多次元貧困とは、収入の少なさだけでなく、教育、健康、暮らしの条件(住まい、水、トイレ、電気など)が同時に不足している状態を指す。インフレや市場の混乱で収入の統計が取りにくいため、報告書はこの方法を採用した。調査の方法と注意点は後段で述べる。
貧困の全体像
貧困とされた人々は、教育・健康・暮らしの条件にわたる項目のうち、平均して半分近く(46.1%)が不足している。このうち約520万人は、さらに深刻な「重度貧困」にあたる。
報告書は、貧困が一部の人々の問題ではなく、人口の大半に関わる状態だと位置付けている。何かのショックが一つ加われば貧困に陥りかねない人が、貧困者と同じくらいの数に上るためである。

農村と都市
貧困率は農村が36.7%、都市が21.7%である。貧困層の人数では農村が約1460万人、都市が約330万人で、貧困層の約5人に4人は都市の外に暮らす。
ただし、都市の数字が低いからといって、都市の貧困が小さいとは限らない。ヤンゴン管区は全体の指標では低位だが、貧困層は約173万人に上る。報告書は、これが市街地の周縁部に集まっていると指摘する。
深い地域と多い地域
報告書がまず強調するのは、貧困が「深い」地域と、貧困の人が「多い」地域が一致しない点である。
最も深刻なのはラカイン州とカヤー州である。どちらも貧困率が68%を超え、貧困世帯は不足項目の約半分を同時に抱えている。ただし人口が少なく、貧困層はラカイン州で約166万人、カヤー州で約21万人にとどまる。
一方、貧困層の人数が最も多いのはエーヤワディー管区(約265万人)、ザガイン管区(約238万人)、マンダレー管区(約211万人)、シャン州(約197万人)である。この4地域で全国の貧困層の半分を超える。深刻度は中程度でも、人口が多いために数が膨らむ。報告書は、深刻な地域には集中的な支援を、人数の多い地域には広い範囲への支援を、と使い分けを求めている。

同じ州でも違う
州や管区の平均だけでは実態が見えない、というのも報告書の指摘である。郡区ごとの推計では、カヤー州内でハパサウン郡区が89.9%、バウレー郡区が29.4%と、同じ州の中で60ポイント以上の差がある。カチン州でもパカント郡区が80.4%、モーニン郡区が11.5%と大きく開く。
ヤンゴン管区でも、中心部のチャウタダー郡区やパベダン郡区は5%を下回る一方、周縁部のライン・ターヤー郡区(東)は39.9%、タケタ郡区は36.4%に達する。移住者や不安定な仕事に就く人々が集まる地域だと報告書は説明する。このため、支援を届ける際には州単位だけでなく、郡区単位で見る必要があるとしている。
原因は地域で異なる
報告書は、貧困の原因を二つに分けて考える。一つは、世帯の学歴、仕事、収入といった「世帯側の事情」。もう一つは、紛争、避難、移動の制限、市場の機能低下といった「地域側の事情」である。
ラカイン州とカヤー州では、世帯の事情から予想される水準を、実際の貧困率が大きく上回っている。報告書は、地域側の事情が貧困を押し上げているとみる。エーヤワディー管区でも同様の傾向が見られ、洪水や孤立したデルタ地帯の条件が挙げられている。
これに対し、カチン州、モン州、マンダレー管区では、予想と実際がほぼ一致する。教育水準の低さや不安定な仕事といった世帯側の事情が主因とされる。ヤンゴンやネピドーは逆に、実際の貧困率が予想より低い。市場や公共サービスが近いことで、脆弱な世帯が貧困に至らずに済んでいる、と報告書は読み解く。
ショックの積み重ね
報告書は、過去1年に世帯が受けたショックの影響も調べた。最も多いのは経済面のショックで、収入の減少や物価の上昇を経験した世帯は全体の57%に上る。自然災害は20%、紛争や避難は約10%である。
数は少なくても、紛争の影響は最も重い。紛争を経験した世帯では、貧困になる確率がしなかった世帯より約14ポイント高い。経済ショックは約11ポイント、自然災害は約4ポイントである。
さらに、ショックは重なるほど響く。ショックを一度も受けていない世帯の貧困確率は約25%だが、3回で約41%、5回で約54%、10回で約81%に上がる。報告書は、ショックが一つ増えるごとに貧困確率が約5ポイントずつ上がると説明している。

貧困に陥りやすい世帯
貧困率が特に高いのは、次のような世帯である。
収入が最も低い層では、貧困率が52.2%と、最も高い層の約4倍に当たる。日雇い労働に頼る世帯は48.5%で、事業主の世帯(20.4%)や雇われて働く世帯(21.9%)を大きく上回る。紛争を経験した世帯は56.5%、移住した世帯は50.2%である。移住世帯の約半数は、紛争を理由に移住している。
教育では、世帯主が学校に通ったことがない世帯と、初等教育だけの世帯で貧困率がほぼ同じ(約44%)である。報告書は、初等教育だけでは貧困を防ぐ効果がほとんど見られないとする。中等教育以上で、はじめて貧困率が下がり始める。
女性が世帯主の世帯は、貧困率は男性世帯主の世帯よりやや低い(31.0%対33.0%)。しかし貧困に陥った場合の不足の度合いは、女性世帯主の方が深い。報告書は、介護や育児の負担が重いためとみている。

不足しているもの
貧困の中身を見ると、全国では暮らしの条件(41.3%)と健康(39.3%)で8割を超え、教育は19.4%である。報告書は、学校教育よりも、住まい、水、トイレ、電気、医療へのアクセスといった基本的な条件の不足が、貧困の主な中身だと分析する。
ただし、その比率は地域によって異なる。ラカイン、カヤー、チン、カチン、エーヤワディーでは暮らしの条件と健康が大半を占める。ザガイン、モン、マンダレー、ネピドーでは教育の割合が相対的に高い。モン州とカイン州は貧困の水準がほぼ同じでも、カイン州は健康面、モン州は暮らしの条件の比率が高く、課題が異なる。
また、収入が増えても貧困の中身は変わらないと報告書は指摘する。所得の低い層と高い層で不足項目の構成がほぼ同じだからである。収入を上げるだけでなく、住まいや衛生、医療といった基礎的な条件を直接改善する必要がある、というのが報告書の見方である。

報告書の提言
報告書は、次の4点を提言している。
第1に、深刻度の高い地域と人数の多い地域で、支援の仕方を変えること。
第2に、地域側の事情が主因の地域では市場・サービス・安全な移動の回復を、世帯側の事情が主因の地域では教育・仕事・生計への投資を優先すること。
第3に、重なるショックに耐えられる生計と地域の力を高めること。
第4に、貧困率だけでなく、何が不足しているかに応じて事業を設計すること。
である。
調査手法と留意点
データはUNDPの電話調査「人々のパルス調査(PPS 2025)」で、全15州・管区の7,463世帯が対象である。教育、健康、生活水準の3分野・9項目の不足が全体の33%以上なら「貧困」、20%以上33%未満なら「脆弱」と分類している。
報告書によると、電話を持たない極貧世帯や紛争影響地域が少なく反映される可能性があり、無国籍者や避難民(ラカイン州のロヒンギャ住民を含む)も標本に十分含まれないため、ラカイン州の貧困は実態より低い可能性が高い。郡区別の数値は推計で目安にとどまる。数値は国の公式統計ではなく、UNDPの公式見解でもない。ミャンマー政府側の反応は確認できていない。
日本への示唆
以下は当研究所の見方である。報告書は、住まい、水、衛生、電気といった基本的な生活条件の不足が貧困の中心にあると指摘している。エネルギー、水、住宅、モビリティなどの分野は、貧困の実態に直接届く領域であるとみられる。
また、貧困の性格が地域ごと、郡区ごとに異なる以上、日本企業や協力事業も、一律の設計ではなく、対象地域の事情に合った絞り込みが問われる。ヤンゴン周縁部のように統計上は低位でも脆弱な世帯が多い地域では、雇用や技能の面で人材分野の協力と重なる論点がある。なお、数値は電話調査に基づく推計であり、事業判断に用いる際は現地での確認が欠かせない。
(主任研究員 宮野弘之)
注:郡区名の片仮名表記は、報告書の英字表記に基づく当研究所の仮の表記である。郡区別の数値は推計で、あくまで目安である。