202605.07
New ! 情勢レポート

周辺国、対ミャンマー外交を活発化

「開かれた太平洋」の真価問われる日本

 ミン·アウン·フライン大統領率いる新政権の発足から約1カ月。タイ、中国、インドが相次いで要人をネピドーに派遣した。欧米は制裁路線を維持するが、5年の歳月を経てもミャンマー情勢の改善はみえない。「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を掲げる日本に、ミャンマーといかに向き合うかが問われる。 

新政権発足1カ月、3カ国が要人派遣

 ミャンマーで4月10日に発足したミン·アウン·フライン新政権をめぐり、周辺国の外交が活発化している。4月22日にタイのシーハサック·プアンゲートゲーオ外相、25日に中国の王毅外相、5月2日にはインドのディネシュ·トリパティ海軍参謀総長が相次ぎネピドー入りした。いずれも新政権発足後では初の高官級往来となる。

 タイ外務省によると、シーハサック外相は4月22日、ネピドーでミン·アウン·フライン大統領と会談した。新政権発足から12日後の閣僚級往来となる。タイにとってミャンマーは約2400キロの最長陸上国境を接する隣国であり、天然ガスの主要供給元でもある。サイバー詐欺や薬物密売など越境犯罪の抑止、物流拠点としての国境管理が二国間の主要課題だ。合同貿易委員会(JTC)など二国間メカニズムの再開も視野に入る。

 続いて訪れたのが、中国共産党中央政治局委員兼外相の王毅氏だ。同氏は4月25日、ネピドーでミン·アウン·フライン大統領と会談した。新華社通信によると、王氏は大統領就任に祝意を示し、「長期的発展」への期待を表明。貿易、国境地域の安定、国内和平プロセス、ASEANとの関係強化などを協議したと伝えた。中国にとってミャンマーは、インド洋への出口となる「中国·ミャンマー経済回廊(CMEC)」の構成国である。電力・エネルギー分野での協力も進む。両国は伝統的に「胞波(パウッパー、兄弟)」と称される友好関係を強調してきた。独立系メディアのイラワジは、王氏が訪問中、軟禁下のアウン・サン・スー・チー氏と非公式に面会したと伝えた。

インドは軍高官が公式訪問

 インド政府の発表によると、海軍参謀総長のディネシュ·トリパティ提督は5月2日から4日間の日程でミャンマーを公式訪問した。インド海軍参謀総長による訪問は6年以上ぶりで、新政権発足後では初の軍高官級往来となる。ANI通信が伝えたところによると、トリパティ提督はネピドーで国軍最高司令官のイェー·ウィン·ウー上級大将、トゥン·アウン国防相、海軍司令官のテイン·ウィン提督と相次ぎ会談。海洋安全保障、能力構築、訓練協力などを協議した。同提督はミャンマー海軍のフリゲート艦「ウーチャン·スィッター」(F12)にも乗艦し、儀仗を受けたという。

 インドの動きの背景には、ベンガル湾沿岸への中国の影響力拡大に対する強い警戒がある。インドは「アクト·イースト(東方への行動)」政策の玄関口として、シットウェ港やカラダン複合輸送回廊を推進する。北東部諸州の治安対策の観点からも、ミャンマー軍当局との協力は不可欠としている。理念よりも地政学を優先する姿勢が鮮明になった形だ。

制裁頼みの政策に限界

 欧米諸国は新政権を承認しない立場を維持する。だが、5年に及ぶ国軍批判と制裁が、ミャンマー情勢の改善につながったとは言いがたい。欧米の関与が後退した空間を中国が埋め、隣接国は二国間外交で実利を確保する。ミャンマー国民は人道危機と経済悪化のなかに置かれてきた。制裁路線の実効性そのものが問われる局面を迎えている。

 一方で、ミャンマーをめぐる国際環境を方向づける最大の変数は、依然として米国だ。米国の出方次第で、欧州や英連邦諸国の姿勢、多国籍企業のビジネス継続、国際金融機関の関与が大きく左右される。日本がどれほど独自の働きかけを試みても、米国を超えて状況を動かすことには現実的な限界がある。

FOIPの要衝に位置

 こうしたなか、高市早苗首相は5月1日から5日までの日程でベトナムとオーストラリアを訪問した。首相官邸の発表によると、高市氏はベトナムで「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」の進化を含む外交政策スピーチを行い、新指導部とは経済安全保障を新たな協力の軸として打ち出した。アルバニージー豪首相とは日豪友好協力基本条約署名50周年を機に共同宣言を発表。安全保障、重要鉱物、LNGなど経済安全保障分野での協力強化で一致した。

 ミャンマーはASEAN10カ国の一角を占め、インド洋に面する地政学的要衝だ。ベトナムとオーストラリアを結ぶFOIPの線上に、中国の経済回廊と隣接国の二国間外交の現場として、ミャンマーは確かに位置する。インド洋とインド太平洋の結節点を「自由で開かれた」秩序の下に保つ構想は、ミャンマーから目を背けたままでは成り立たない。にもかかわらず、日本の対ミャンマー外交の現状は、FOIPの掛け声からほど遠い。在ミャンマー日本国大使館は2024年9月、丸山市郎前大使の離任以降、後任の特命全権大使を派遣せず、吉武将吾臨時代理大使が公館長を務める。後任大使の派遣は信任状捧呈を伴うため、軍政承認と受け止められかねないとの判断による。駐日ミャンマー大使館も2025年11月以降、チョウ·トゥン臨時代理大使が業務を担う。両国間で、最高位の外交チャネルが空白のまま約1年8カ月が経過している。

 日本にできることにはたしかに限界がある。米国の制裁政策を覆すことはできない。ASEAN加盟国の足並みをそろえることもできない。隣接国のような国境管理上の死活的な利害もない。これらの限界を正直に認めることが、現実的な政策設計の出発点となる。

 だからといって地政学的にも歴史的にも、日本がミャンマーから手を引いてよい理由は一つもない。FOIPを掲げる以上、その線上にあるミャンマーと向き合い続けることは避けられない。新政権との関係構築は不可欠であり、いつまでも臨時代理大使で済ませてよいのか――問いはすでに突きつけられている。

 高市首相が打ち出した新たな外交方針が、ミャンマーをどう位置づけるか。日本の対ミャンマー政策は、FOIPの真価を測る試金石となる。 

(主任研究員 宮野弘之)