202506.14
ニュース解説

ミッソンダム再始動? ミャンマーが中国に接近、日本の影響力は後退

 ミャンマー政府が、長らく凍結していた巨大ダム建設の再開に動き出そうとしている。背景には長らく続くミャンマー国内の電力不足解消への打開策としてだけでなく、総選挙の実施を見据え、中国からの支援に頼らざるを得ないミャンマー政府の苦しい事情がある。それは同時にわが国の対ミャンマー外交にも新たな課題を提示している。(ミャンマー総合研究所・宮野弘之)


 ミャンマー国家統治評議会(SAC)のミン・アウン・フライン議長は、25年5月の演説で、北部カチン州で中断されていたミッソンダム(水力発電ダム)建設計画に言及し、「このダムが完成していれば、6,000メガワットの電力供給が可能だった」と述べた(出典:The Irrawaddy, May 21, 2025)。国内の電力危機の解消に同プロジェクトの再開を示唆した。これを受け、政権は4月下旬に同計画の再開に向けた調査委員会を発足。中国の国家電力投資公司(SPIC)との技術連携を再開し、ミッソン開発の再評価が進められている(The Diplomat,4月24日)。

 中国政府もCMEC(中国・ミャンマー経済回廊)を通じてミャンマーのインフラ整備を継続的に支援しており、電力分野を軸とした再接近が現実化しつつある。一方、これまで日本政府が支援してきたミャンマーの制度インフラは、今まさに維持不能な状態に陥っている。

 税関手続きを担う電子通関システムMACCS(Myanmar Automated CargoClearance System)は、25年5月時点で多数の通関案件が未処理となり、ミャンマー税関局が輸出入業者に早期対応を呼びかける事態となった(グローバル・ニュー・ライト・オブ・ミャンマー、5月15日付)。

 この背景には、2023年までに日本側の技術支援・契約更新が途切れ、ソフトウェア保守や運用面での支援が行き届かなくなっている事情がある。
 さらに、ミャンマー中央銀行に導入された日本製の銀行会計・統計管理システムも、セキュリティ対策や機能更新が行えないまま、サポート切れに陥っている。これにより、ミャンマー側は代替ソリューションとして中国製ソフトウェアやインフラの導入を検討する動きを強めている 。
 これらの制度インフラは、日本が過去10年以上にわたり、政府開発援助(ODA)や技術協力の形で積み上げてきた“関与の証”であった。しかし、日本政府は2021年以降の政治体制の変化を受けて実質的に協力を停止し、MACCSや中央銀行システムのような「制度インフラ」の維持を放置した結果、中国企業の影響力が隙間を埋める構図が浮き彫りになりつつある。
 すでに中国は人民元による越境決済や、中部乾港への電子通関接続、中国製通信機器の導入を進めており、日本が築いた制度的基盤は徐々に、かつ確実に中国式の枠組みに置き換えられている。

◇総選挙を前に問われる日本の選択

 ミン・アウン・フライン氏は25年3月、国内会議で「25年12月か26年1月に自由で公正な選挙を実施し、勝利した政党に権力を移譲する」と発言している(ロイター通信、3月8日)。

しかし、主要民主派政党が排除された状態での選挙となる見通しが強く、このため、欧米を中心とする国際社会は懸念を表明している。
 この中で、日本政府は「懸念表明」と「関係維持」の間で態度を曖昧にしており、具体的な関与の姿勢を示していない。事実上の軍事政権から民政という制度の移管に向けた取り組みをいまこそ支援することが必要であるにも関わらず、懸念表明にとどまるばかりで、経済協力の再構築にも踏み出さない姿勢は、ミャンマーにおける日本の影響力を自ら手放す結果につながっている。

 理念として民主主義や人権重視を掲げることは重要である。しかし、外交とは理想・理念と現実のはざまで戦略を練りあげる作業のはずだ。中国が一貫してミャンマーに関与しているのに対し、日本がなにも対応せずに、批判するだけの状態を続ければ、制度・経済・外交のすべての面でこれまで築いてきた地歩を失うのは避けられない。
 いま求められているのは、制限付きでもよいから、実務的な関与を再構築する日本としての決意と新たな戦略である。日本が影響力を取り戻すには、これまで支援した制度インフラを再生させ、経済関係を現実的な形で再構築することで、失われた信頼の回復を図ることが必要だろう。そこに政治の意思が問われている。